日本人とカレー昭和後期1945年~1989年

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カレーの歴史

1941年に太平洋戦争が勃発し、1945年(昭和20年)に終結しました。

戦争中も戦後も食べるものもない困難な期間でした。

戦後日本人はどのようにしてまたカレーが食べられるようになったのでしょうか?

またこの時代にカレーにまつわる大きな出来事があったのでしょうか?

昭和後期のカレー事情について解説します。

戦後のカレーは?

戦前のカレーは純国産カレー粉も製造されていたので、一般家庭でも食べられていました。

1941年12月~1945年8月の太平洋戦争。

戦争中は、食料統制のため各メーカーはカレーの製造と販売が中止になりました。

そのため日本国民はカレーを食べることができません。

軍用のカレー粉だけは製造されていました。

1945年8月15日に玉音放送もって終戦。

1945年(昭和20年)~1952年(昭和27年)の7年間、日本国はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下におかれました。

そして、1952年(昭和27年)日本国がGHQより主権を取り戻します。

戦時中は、空襲で拠点を失った企業も多かったうえ、また終戦まで各カレー製造会社ともカレー製造・販売は中止。

日本に主権が戻ったころにはスパイスの輸入も再開され、カレーの原料が安定して
手に入るようになりました。

ここから大衆に向けたカレーの普及が始まるのです。

1945年(昭和20年)オリエンタル 即席カレー発売(粉末)します。

昭和20年11月に名古屋市中村区椿町で、星野益一郎氏が個人でカレー製造業を創業。

カレーが家庭の味になりつつあることを、カレーの料理法を簡単にする商品に着目しました。

炒めた小麦粉に純カレー粉を一緒に加えた粉末状のインスタントカレーです。

1950年(昭和25年)には、ベル食品 ベルカレールーが国内初の固形カレールウが発売

この頃には、カレーメーカー各社からカレー製品が出そろいます。

熾烈なカレー宣伝競争へ

1951年(昭和26年)民放ラジオ開局にともないラジオCMが登場します。

この頃にはカレーメーカーの市場競争が激化。

カレーを販売するために、温泉の招待や金券サービスをするなどの各メーカーの売り出し方が、激しさを増していきます。

特売の仕方を問題視し、1952年(昭和27年)に公正取引員会がカレー特売禁止措置を行いました。

その後カレーメーカー各社は、宣伝カーや移動クッキングで熱心な宣伝活動をします。

そして、1953年(昭和28年)テレビの本格放送が開始。

この頃からラジオからテレビの時代へ移行します。

テレビの普及に伴い、昭和30年代はカレー業界のCM合戦や宣伝活動がますます盛んになります。

・オリエンタル 「オリエンタル即席カレーのうた」をCMで放送

・ハウス食品「秀樹・感激!」のフレーズが話題になって大ヒットバーモントカレーカレー

くみん
くみん

りんごにはちみつをかける映像も目に焼き付いてるよ。

りんごとはちみつ恋をした~♪っていうフレーズも耳に残ってるよ。

・ヱスビー食品 特製エスビーカレーのCM、“インド人もびっくり!”が印象的。

ゆう
ゆう

芦屋雁之助さんがインド人に扮して出演したCM。

カレーの本場インド人でもびっくりするほどおいしいカレーだと

いうことを伝えたかったんだね。

またこの頃にはカレーの味が二極化されていました。

子供たちもカレーが食べられるように甘口中心のファミリー向けのカレーと、大人向けにスパイシーな本格派タイプが登場します。

<1960年代の代表的なカレー商品>

ハウス食品「印度カレー」
江崎グリコ「グリコワンタッチカレー」
明治製菓 「明治キンケイカレー」
ハウス食品「バーモントカレー

お湯で温めるだけ!世界初レトルトカレーの誕生

1968年(昭和43年)世界初のレトルトカレー誕生し、国内外に衝撃が走ります。

大塚食品「ボンカレー」です。

レトルトとは、語源はオランダ語で「加圧過熱殺菌をする釜」という意味です。

1960年代当時大塚製薬徳島工場長の大塚明彦氏。

米国のパッケージ専門誌に掲載されていた画期的なパッケージの記事に注目しました。

新しい技術を利用して、カレーにも応用できるかもしれないと確信。

「一人前入りで、お湯で温めるだけで食べられるカレー、誰でも失敗しないカレー」のコンセプトで開発がスタートしました。

ボンカレーHP
新発売当時のボンカレーの画像
引用元:ボンカレーHP

当時は、ポリエチレンとポリエステルの2層構造の半透明のパウチ。

賞味期限は夏場で2か月で冬場は3か月でした。

現在は、ボンカレーゴールドは、製造後1年4か月まで保存できます。

また湯せんだけではなく、箱ごとレンジ調理が可能になりました。

1月22日はカレーの日

学校給食でカレーが導入されたのは、1948年(昭和23年)です。

1976年(昭和51年)給食にご飯が出るようになりました。

米飯給食が始まる前はパン中心の献立。

揚げパン・コッペパン・食パンなどパンが、ローテーションで提供されていました。

くみん
くみん

カレーは、パンと一緒に食べていたのかな?

スープみたいなカレーだったのかな?

1982年(昭和57年)社団法人全国学校栄養士協議会が全国の小中学校で一斉にカレー給食を提供を呼びかけました。

学校給食創立35周年を記念として行われた学校給食試食会での呼びかけがきっかけです。

カレーの提供された日が、1982年(昭和57年)1月22日でした。

全国の小中学生約800万人が給食でカレーを食べたとされています。

のちに2016年(平成28年)に全国カレー工業協同組合が1月22日をカレーの日制定しました。

カレーの多様化始まる

甘口のカレーは発売されていましたが、1983年(昭和58年)にエスビー食品より日本初の
幼児用のカレー「カレーの王子様」が誕生します。

カレーの王子さまの画像
引用元:S&B HP

現在では離乳食が終わった子供が食べられる1歳からのカレーにリニューアルされています。

優しい甘口で、辛味が苦手な子どもさんや初めて辛味を体験させたい時にオススメ。

アレルギーに配慮した商品など幅広い品ぞろえで、子育て世代に支持されているカレーです。

1986年(昭和61年)に空前の激辛ブームとエスニックブームが起こります。

「○倍カレー」選べるカレーの辛さを調節できる元祖のお店「カレーハウス ボルツ」が人気に。

今では当たり前ですが、自分の好きな辛さにカスタムできることが画期的でした。

また当時はインドカレーのチェーン店は珍しかったです。

それに伴い、レトルトカレーでも激辛商品が出てきました。

現在もロングセラーの江崎グリコ「LEE」。

レトルトパッケージに「辛さ×○○倍」と初めて表記されました。

その後もカレーの嗜好が多様化し、高級感や個性的なカレーなど他社と差別化を図る商品が
次々に発売されます。

  • 1945年(昭和20年)オリエンタル 即席カレー発売(粉末)
  • 1950年(昭和25年)ベル食品 ベルカレールーが国内初の固形カレールウが発売
  • 1952年(昭和27年)公正取引員会がカレー特売禁止措置
  • 1968年(昭和43年)世界初のレトルトカレー「ボンカレー」誕生
  • 1982年(昭和57年)全国の小中学校でカレーライスを学校給食で一斉提供
  • 1983年(昭和58年)エスビー食品 日本初の幼児用のカレー「カレーの王子様」が誕生
  • 1986年(昭和61年)空前の激辛ブームとエスニックブーム

戦争中は一般国民はカレーが食べられなかった暗い時期。

しかし戦後にカレー製造業社が復活し、カレー製造販売には勢いがすさまじかったですね。

カレー粉からカレールウが主流となってきたため、家庭でカレーを食べることも多くなりました。

また長期保存もでき、お湯で温めるだけで食べられるレトルトカレーの登場。

昭和はカレーにまつわる話がたくさんありました。

次回は平成と令和のカレー事情について解説します。

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