「今日はちょっと贅沢なカレーが食べたいな。」
「頑張った自分にご褒美をあげよう!」
「明日は勝負の日だ、ゲン担ぎだ!」
そんな時、あなたの頭に浮かぶのは、もしかしてカツカレーではありませんか?
サクサクのカツと、奥深い味わいのカレーが織りなす味わいは、私たちの心を鷲づかみにして離しません。
でも、この魅惑的な組み合わせは、一体どのようにして生まれたのでしょうか?
今回は、食欲をそそる禁断の組み合わせ、カツカレー誕生の裏側にあった4つの物語をご紹介します。
カツカレーはどこから来たの?そのルーツを探る
みなさん、カツカレーはどこの国の料理だと思いますか?
実は、日本生まれのメニューなんです。

では、いったいどんなお店がカツカレーを生み出したのでしょうか?
調べてみると、カツカレーのルーツとされるお店がいくつかありました。
今回は、その中でも特に有名な3つのお店と、知る人ぞ知るエピソードをご紹介します。
浅草「河金」:大正時代のハイカラ丼
1918年(大正7年)創業の浅草「河金」。
河野金太郎さんが始めた洋食屋台がそのルーツです。

へぇ、洋食の屋台ってどんな感じやったんやろなぁ?
創業当時から、カレーライス、コロッケ、カツレツといった洋食メニューを提供していました。
ある日、常連のお客さんが「カツレツとカレーを一緒に食べたい」とリクエスト。
そこで生まれたのが「河金丼」です。
フランス料理のコートレットをヒントに日本で生まれたカツレツと、カレーライスを丼に盛り付けた、まさに和洋折衷のメニューでした。

うーん、せやけどやっぱり河金丼って名前やと、カツカレーと結びつかへんなぁ…。
「河金丼」の特徴は、丼にご飯、千切りキャベツ、カツ、カレールーの順に盛り付けられていること。
屋台で提供していたため、持ちやすさを考えて丼にしたのかもしれませんね。
1929年(昭和4年)には浅草に店舗を構え、近くにあった国際劇場のお客さんで賑わいました。
1987年(昭和62年)に浅草本店は閉店しましたが、千束店で今も「河金丼」の味が受け継がれています。
お店の情報
店名:「とんかつ河金千束店」
住所:東京都台東区浅草5-16-11
営業時間:11:00~20:00
定休日:土曜日
※お店の情報は、2023年4月時点です。
新宿「王ろじ」:フレンチシェフが生んだ洋食
1921年(大正10年)創業の「王ろじ」。
店名の由来は、「路地で一番になりたい」という初代店主の思いが込められているそうです。
丸の内「中央亭」で修行した初代店主が、神楽坂で開業しました。
フレンチの経験を持つ初代店主が生み出したのが、カレーとカツレツが入った「とん丼」です。
フランス料理の技術を生かした、こだわりの一品。

へぇ、フレンチの要素も入っとるんやね!
「とん丼」の特徴は、
- 丼と皿が一体化した独自の器
- 厚切りカツ3切れ、薄いロース肉を巻いたカツ、ソースがかかっていること
- 薄いロース肉を巻いたカツ
- カツにソースがかかっていること
「昔ながらのあたらしい味」と書かれているお店の看板。
大正時代から続く味が、令和の時代にも新しい味として親しまれています。
終戦後、現在の場所に移転し、今も初代店主のレシピが受け継がれています。
お店情報
店名:王ろじ
住所:東京都新宿区新宿3-17-21
営業時間:11:15~14:50 17:30~20:00
(火曜日のみ11:15~14:50)
定休日 水曜日
※お店の情報は、2023年4月時点です。
銀座「銀座スイス」:プロ野球選手の一言が人気メニューに
1947年(昭和22年)創業の「銀座スイス」。
その頃、巨人軍のユニフォームは、最高級オーダーメード店 「銀座テーラ―」が手掛けていました。
銀座テーラ―の店主が、巨人軍の千葉茂氏に銀座スイスを紹介したそうです。

千葉さんがある試合前に、銀座スイスに立ち寄った時のこと。
「カレーライスにカツレツを乗せてくれ!」と注文したことが、「カツレツカレー」誕生のきっかけとなりました。
千葉さんは、「お腹がすいてたくさん食べたいし、早く食べたかった」そうです。

ほぉ、これがカツカレーの始まりやったんやね。千葉さん、相当せっかちな人やったんやなぁ。
千葉さんご自身もカツカレーを考案したことを明言していたとか。
当時、カツカレーは180円で、銀行員の初任給が3000円だったそうです。
また、2月22日は「銀座スイス」の創業日にちなんで「カツカレーの日」に制定されています。
お店情報
店名:銀座スイス
住所:東京都中央区銀座三丁目4-4 大倉別館2F
営業時間:11:00~21:00(L.O.20:30)
定休日:年末年始のみ
※お店の情報は、2023年4月時点です。
番外編:平沼亮三さんの「スポーツライス」
お店ではありませんが、カツカレーのルーツとして知られるのが、平沼亮三氏の「スポーツライス」です。

元貴族院議員で横浜市長も務めた平沼さんは、自宅に客人を招いてカレーにとんかつを一緒にした料理を振る舞っていました。
スポーツの普及に尽力した平沼さんは、この料理を「スポーツライス」と名付け、客人をもてなしたそうです。

平沼さんは、市民スポーツの父って呼ばれてた人やったんやで。
【まとめ】カツカレーは日本の宝!先人たちの情熱が育んだ食
今回のブログでは、日本が誇る「カツカレー」の誕生秘話をご紹介しました。
お客さんの「一緒に食べたい!」というひらめきや、店主の「美味しいものを提供したい!」という情熱が重なり合い、カツカレーは生まれたんですね。
「河金」の河金丼、「王ろじ」のとん丼、そして「銀座スイス」のカツレツカレー。
名前は違えど、これらのメニューがなければ、私たちが今当たり前のように食べているカツカレーは存在しなかったかもしれません。
大正、昭和、平成、そして令和。
時代を超えて、当時の味が今もなお受け継がれていることは、本当に奇跡です。
- カレーとトンカツ(キャベツ付き)が一つの器に入った「河金丼」
- フレンチ経験の初代店主が生み出した「とん丼」
- 「カツレツカレー」という名でメニューに出した銀座スイス
- 平沼亮三氏が自宅で振る舞っていた「スポーツライス」
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